慢性疲労症候群(CFS)との付き合い方

慢性疲労症候群(CFS)のわたしが日常生活を送る上で、その徒然な生活やふと思うことを書き記すブログです。

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最近の生活

やっと、補中益気湯の味に慣れました。服用を始めてから4カ月。日常生活がだいぶ変わりました。

朝目が覚めて、その日の疲労の度合いが、大体分かるようになりました。CFSの疲労は、眠ったり休息すれば回復するものではありませんが、それでも十分な睡眠と休息で、ある程度は軽減できます。目が覚めて、疲労が強ければ、朝食後に必ず2時間の睡眠をとるようにしました。眠かったり、関節・筋肉痛があるときも同じです。原因のほとんどは、前日の作業のやりすぎです。睡眠をとらなけば、その疲れは蓄積します。

午前中は頭が働かないので、頭を使う作業はしません。まず、近くのスーパーに買い物に行きます。自転車で5分。必ず開店直後に行きます。ほとんど客がいないので、5分で買い物ができます。わたしは基本的に歩けないので、雨の日には買い物に行けません。そのため、必ず買い置きします。

買い物をしたあと、休息してから家事をします。最近まで、休息を取りながらやっつけていたのですが、今は30分だけするようにして、数日に分けて少しずつするようにしました。

昼食後は、午前中の疲れがたまっているので、動けるようになるまで休息します。

13:00時過ぎから、頭を使う作業を始めます。月~金は大体、翻訳です。調子が良くても13:00時前には始めません。始めたところで頭が働かず、結局時間の無駄になるからです。

問題はここから。補中益気湯の服用を始めてから、どういうわけか新たな症状が出てきて困っています。頭が一番働く時間帯もずれてしまいました。

休息を十分とれば、15:00時まで約1時間集中していられるようになったのですが、15:00時には作業をすべてストップしなければならなくなりました。ときには14:00時にストップすることもあります。

新たな症状とは、眼精疲労。半年に1回、眼科で検診を受けているのですが、先月に行ったとき、相談してみたのですが、どうやら普段使っているPC用の眼鏡が原因ではないかと言われました。近距離用の老眼鏡なのですが、老眼が進んで年齢的に一番眼の筋肉に負担がかかるそうです。PCのディスプレイを見ているときは瞬きの回数が減って、眼が乾くそうです。10分おきに瞬きをすると良いと言われましたが、あまり効果はありません。休息するときに瞼(まぶた)の上から眼をもんでいるのですが、これは効果がありました。恥ずかしながら、わたしは今まで知らなかったのですが、人間の目は大体14歳までに完成して、あとは老眼が進むだけだと教えられました。わたしはある程度歳(とし)をとってから老眼が進むものだと思っていました。目薬をさして、作業を続けようとすると、ひどいめまいに襲われ、一気に疲れが増します。そうなってからでは遅いので、今は眼が疲れたらすぐに休息を取るようにしています。休息しても眼の疲れが取れなかったときは、作業をストップします。

もう一つ新たな症状が現れました。立ちくらみです。いわゆる起立性低血圧です。原因が分かりません。主治医に聞いたところ、別の病気の可能性があるそうです。夕方になると、ちょっと動いただけでひどい立ちくらみがします。15:00時には必ず横にならないと、次の日は午前中でも立ちくらみがします。今までなかった症状だけに、恐ろしくて仕方ありません。あれこれと原因を考えてしまいます。

夕食は、減量のため30分かけて食べたいのですが、またできなくなってしまいました。どうしても疲れます。

夕食後は、ほとんどダウンしています。就寝時刻は21:00時。本当は、服用している薬の関係で、21:00時前に、寝る前の薬をのんで寝てはいけないのですが、最近は、疲れていて起きていられないときはこれを無視して、20:30時前に就寝することがあります。たかが30分ですが、わたしには大きな時間です。この30分が翌日以降の活動に大きく影響します。

今のところ、無理しなければ、何とか寝込まずにいられます。ぎりぎりの活動量です。もう少し余裕を持って活動したいのですが、そうも言っていられません。その代り、調整日として土日に休みをいただいております。翻訳、地道に続けています。
  1. 2013/07/21(日) 05:26:23|
  2. CFS
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ホチュウエッキトウ

3月に病院に行ったとき、主治医から「FJさん、漢方薬を試されたことありますか?」と尋ねられた。
わたしは「以前に」と答えました。
「『ホチュウエッキトウ』」って知ってます?」
「ええ、名前は聞いたことがあります」
「慢性疲労症候群の患者さんで効果があるようなんですよ。試してみます?」
わたしはちょっとためらいました。「以前に」と答えましたが、当時処方された漢方薬はお湯に溶かして飲まなくてはならなくて、非常にまずかったのです。
わたしは「それはお湯に溶かして飲むのですか?」と聞き返しました。
「顆粒(かりゅう)ですからそのまま食後2時間または食前に水で飲んでください。どうです?試してみますか?」
「ぜひ!」

ということで、帰りには薬局で大きな袋に入った「ホチュウエッキトウ」を渡され帰宅しました。渡された袋の中身を取り出してみると、1日3回分がつながった銀色のパッケージで、以前と同じツムラの薬でした。パッケージを見ると、番号の上に「補中益気湯」と書いてあります。読めませんでした。「補中」のあとが読めず、「あれー、先生なんって言ってたっけなー」。パッケージの番号の下に「ホチュウエッキトウ」と書いてありました。

次の日から早速、服用しました。朝食後2時間。私の第一声。「あー、まずい!もう一杯!!」。気分はすっかり、八名信夫(分かる人には分かる)。いったん、舌の下の方に薬を含んだのですが、味蕾(みらい)に触れた途端「まずい!」。もうこれしか形容できません。粉末であれば、大量の水で流し込めるのですが、顆粒で水に溶けず、歯茎とか舌の下にくっついてなかなか飲み込めません。わたしと違って、先に水を含んでから薬を飲む人ではどうなるのだろうか、と余計な心配をしてしまいました。

食後2時間だと、どうしても服用するのを忘れてしまうので、食前に切り替えましたが、それでも時々忘れてしまいます。

最初は特に何の改善もみられなかったのですが、1カ月服用してみて、やっと変化が現れました。

まず食欲が出てきました。主治医には「あと10キロ痩せなさい」と言われていたのですが、この1か月間で体重が5キロ増えました。そのせいか、少しだけ体力が回復しました。夕食は、いつも途中で疲れて食べるのをやめていたのですが、ここのところ30分弱は食べていられるようになりました。30分以上食事をしていても大丈夫なのですが、その場合、食べたあと必ず牛君になります。

それから、30分以内なら外に買い物に行けるようになりました。もちろん、歩けないので自転車で近くのスーパーマーケットに行くだけなのですが、試しにちょっと遠くの百貨店に行ってみましたが、買い物自体はできるのですが、帰ってきてから疲れが出て、かなり休まなくてはなりませんでした。

それから、全身の倦怠感がなくなりました。これは大きな改善で、いつも疲れる前に、万年床の布団に横になっていたのですが、布団を片寄せするようになりました。ただし、休息は相変わらず必要です。

前回も触れましたが、朝早く起きても二度寝することができるようになりました。

そして何といっても、活動後の影響がすぐに出るようになったことです。これには、最初戸惑いました。すこしだけ体力がついたので、1回の活動時間が長くなりかけたのですが、やりすぎだと気づいて、慌てて修正しました。活動時間が長くなり、休息時間が長くなって、30分の休息のとき、そのまま1時間眠ってしまうことが多くなりました。それを気づかせてくれたのが母の一言、「さっきから溜息(ためいき)ばっかりしている」。わたしは溜息をついていたのではなく、疲れて「はーっ」と言っていたのです。どちらかというと「あー疲れた、一息入れよう、『はーっ』」の「はーっ」です。普段運動をしていないので、うまく息をつけなかったのです。母には溜息に聞こえたのでしょう。

このことに気づいてから、息をついたときには、すぐに作業をストップして休むようにしました。今までは、いつも疲れていたのでこのようなことはなかったのですが、今は作業に熱中していると自分が疲れているのかどうか分からなくなります。以前は、買い物に行くと、次の日からひどい疲れが出ていましたが、今は、買い物の帰り道で疲れが分かります。

補中益気湯はまずいのが玉に瑕ですが、わたしには効果がありました。特に体力が改善されました。マイナス面もあるのですが、それは、以前からわたしが持っている体質、というか姿勢の問題なので、それも含めて少し回復したというところでしょうか。

補中益気湯を試される方は、体重増に気をつけてください。わたしは、とりあえず5キロ減量しなくっちゃ。
  1. 2013/05/12(日) 06:36:17|
  2. CFS
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春眠暁を覚えず?

春らしい陽気になりましたね。皆さんは、よく眠られていますか。朝寝坊は気持ちがいいですよね。

学生時代は、よく朝寝坊をして、とても気持ち良かったのを覚えています。夜遅くまでアルバイトしていましたので、朝の眠りはとても貴重で、いつも時間ぎりぎりに学校に行っていました。もっとも、先生が出欠を取ったあとにすぐにバイト先に顔を出して仕事に精を出していましたが……。

社会人になってからは朝寝坊をしたことはほとんどありません。朝、目覚まし時計が鳴る3分前に目が覚めて、目覚ましを止めていました。

わたしが朝寝坊をするようになったのは、この病気を発症した次の日の朝からでした。体がたとえようもないぐらい疲れていて、起きようと思っても起きられません。目蓋さえ開くのが困難でした。

ところが、ここ1カ月ぐらい朝寝坊をしなくなりました。

朝の6時にはFMが流れるようにセットしてあるのですが、なぜかその1時間前から30分前に目が覚めるようになりました。もう一度寝なおそうと思うのですが、体が疲れていて、また眠ろうという気になりません。最初は寝疲れしているのだろうと、思っていたのですが、どうやらそうでもないようです。

「春眠暁を覚えず」と言いますが、わたしの場合、暁を覚えちゃうようです。春になって夜が短くなったうえ、朝が早く来るので、睡眠時間が短くなっています。「朝はあけぼの、いとをかし」だな、などとわけのわからないことを言っていたのですが、そうはいかないようです。

確かに朝ぼらけは気持ちが良いのですが、困ったことに、日中眠くなって寝てしまいます。夜は9時に寝ることにしているのですが、夕食は7時と決まっているので、服用している薬の関係でこれ以上早く寝ることができません。といいますか、わたしにとって夕食を取ることは大仕事で、夕食後は疲れて、9時まで起きているのに一苦労しています。

要は、睡眠の質が非常に悪いのです。朝は夢の途中で目が覚めることが多いです。疲れているのに眠れない――。

今のところ、日中の睡眠は1時間くらいで目が覚めるので、さほど問題はないのですが、この1時間をどうにか朝起きる前に持ってこられないかと考えています。運動さえできればいいのですが、日中はほとんど疲れて横になっている状態ですのでそれもムリ。最後の手段として、アイマスクを考えていますが、そこまでする必要はないだろうという状態です。

皆さんは、「春眠暁を覚えず」ですか?
  1. 2013/04/14(日) 06:00:41|
  2. CFS
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再び翻訳を始めました

1年間お休みをいただいて、ようやく少しだけ活動ができるようになりましたので、翻訳活動を再開しました。

ここ1年、すべての症状が再現して、半年くらい寝込んでいたのですが、時間をかけてゆっくり体調を戻していって、ようやく体が動くようになりました。

翻訳に割く時間は、1日1時間。そのうち集中できるのは30分。ほとんどこの30分に翻訳を賭けています。

午後、昼食をとったあと、15:00時まで睡眠して、15:00時からアイドリングします。この段階では、まだ集中していないので、それほど重要な作業はできません。

ところが、15:30時になると急に集中できるようになって、雑音が一切聞こえなくなり、頭がさえます。ここから30分間にどれくらい作業ができるかです。

集中していられるのは30分間だけ。16:00時になると、自分で、自分が考えていないな、と気づきます。

16:00時には全ての作業を終了して横にならないと、次の日に影響してしまいます。

それで、この30分間に一体何をしているかですが、訳文をプリントアウトして、国語辞典を使って、日本語の文章を推敲(すいこう)しています。

この半年、何もしていなかったわけではなく、試しに第13章を再翻訳してみました。

どこに問題があるのか、調べた結果、いろいろあった中で、最も致命的な問題は、わたしがこの病気になって以来、日本語の本を1冊も読んでいなくて、最も苦手だった国語をほとんど忘れてしまっていたことです。

情けないことに、今では漢字も書けなくなっていて、唯一書ける漢字は自分の名前だけになっていました。ひらがなも怪しいものです。

普段、字を書くということをしないで、もっぱらワードプロセッサーに頼っていたせいでしょうか、手が漢字を覚えていません。読むことはできても、書くことができません。

早速、常用漢字と書き順が載っている本を取り寄せて、漢字練習帳も購入しましたが、まだ手付かずのままです。

現在、英文を英語で考えるのではなく、日本語の文章を日本語で考えるように、完全に分けて作業しています。他の人が読んで、読むに堪えるだけの日本語にするため、赤ペンで原稿を修正していますが、第1稿は情けなるほど真っ赤っかになります。何回も修正して、やっと出来上がったと思っても1週間後に読み直すと、また真っ赤になります。

恐ろしく時間がかかりますが、地道な翻訳をやっていこうと思っています。出来上がるまでしばらく、お待ちください。

とりあえず、第2章までと、第13章をアップします。

ブラウザに表示される文字が小さすぎるとのご指摘をいただきました。すこしだけ大きくしました。その結果、残りの章の表が崩れると思いますが、ご了承ください。
  1. 2013/03/31(日) 07:54:11|
  2. 翻訳
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壁が

昨年10月、母がBS番組がよく映らないというので部屋まで見に行った。確かに電波が弱く、画面が飛ぶ。雨の日はほとんど映らないという。

BSアンテナが旧型だったので、新しいBSアンテナに取り替えて、それでもよく見えなかったらブースターを取り付ければいいのだが……。

「あんたやってくれない」と、母に頼まれたが、わたしが電気関係の仕事をしていたのは20年以上も前の話。最近は屋内配線も怪しい。それに、もう体が言うことを聞かない。

来年には裏の畑に建売住宅ができる。それを考えると、アンテナは屋根の上に取り付ける必要がある。

しかし、わたしはもう屋根に上がることさえ不可能。母に、もうできないと言うと、母は「前はやってくれたじゃないの」と言って、少し悲しい顔をした。何とかしてやりたいのだが、どうしようもない。

母に、どんな工事をするのか説明しても一向に分かってもらえない。しまいにはアナログとデジタルと何が違うのかと、極めて説明しにくいことを聞いてくる。らちが明かないので、わたしが工事に立ち会うから大丈夫と言ったところ、任せると言われた。

10月28日、工事日。一日で作業を終わらせるために作業員2人で来てもらった。作業の段階ごとに何をするか一から母に教える。

「これが新しいBSアンテナ。前のより大きいでしょ。これを今から屋根の上に取り付けるから」「これがBSケーブル。今からアンテナとテレビをつなぐから。壁には穴は開けないから大丈夫」

一番大変だったのが、母の部屋にケーブルを引き込む作業。屋根の上のアンテナは北西、母の部屋は南東。家の端から端まで線を延ばさなければならない。しかしその間にはベランダしかない。4人で検討したが、ベランダの下を通すしかなかった。脚立にのって上に手を伸ばさなければならい。これは辛い。若い兄ちゃんだから大丈夫かと思って見ていたが辛そうだった。

作業が終わったのは、すっかり日が暮れてからだった。電圧も強くなって、ブースターは必要なかった。母は、工事代が私の見積もりよりだいぶ安くなったので大喜び。意外と良心的な料金だったのでわたしはびっくり。本当にこの料金でいいの?

次の日。わたしは疲労困憊(こんぱい)で午前中はダウン。14時からいつものように翻訳作業を始めたが、何か変。何かがいつもと違う。3月11日の地震で、リアスピーカを取りつけた壁にひびが入っていたが、そのひびが前より大きくなったような……。

そーっと近づいてみる。陥没! スピーカーの付け根とともに壁が大きくへこんでいた。

昨日のアンテナ工事でこうなったようだ。母を呼んで「どうする?」と聞いてみた。「これは請求できないよ」。わたしも同意見。壁だけでなくわたし自身も大きくへこんだ。
  1. 2012/02/19(日) 07:41:58|
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