慢性疲労症候群(CFS)との付き合い方

慢性疲労症候群(CFS)のわたしが日常生活を送る上で、その徒然な生活やふと思うことを書き記すブログです。

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8月31日 初発

今から20年前の1990年8月31日金曜日、18時30分。わたしは慢性疲労症候群(CFS)を初発した。

朝、いつものように起き、最寄り駅まで歩いていった。わたしの足で15分。バスも出ているのだが、わたしは早歩きだったので、バスを待つより、歩いたほうが早かった。

最寄り駅から、混雑する電車にゆられて新宿駅まで行き、乗り換えて池袋駅で降りる。そこから、少し遠い仕事先まで歩いて行く。

当時、わたしは独立系のソフトウエア会社に勤め、システム・エンジニアとして働いていていた。

池袋には客先のシステム部があり、そこで、わたしはいくつかのプロジェクトを任されていた。

そこで与えられたデスクは小さく、壁を背にして設置され、息が詰まった。

その日は、なぜか胸の辺りがむかむかして、正午に近づくにつれてその度合いが増していった。

昼食を社の6人全員で食べようと、外に出た。暑いけれども湿気はなく、カラッとした天気だった。皆で食べられる店を探し昼食をとったが、皆が食べ終わる中、わたしだけがほとんど料理に手をつけずにいた。なぜなら、胃がむかむかして、吐きそうだったからだ。

1800時、退社しようとしたところ、皆に紙コップが渡された。何かと思ったら、暑気払いである。わたしは立ち上がったところ、頭がくらくらして、両目が開けられなくなった。どうしても目を開けられず、片手でデスクのふちにつかまり、必死に倒れるのを防いだ。

頭の中でサーッという音がして、何度も意識を失いそうになる。紙コップにビールを注ぎ込まれ、皆で乾杯する。そしてビールを飲み干したあと、左側の頭の中でブチッと何かが切れる音がした。

わたしは、「しまった、脳をやられた」と思った。

デスクチェアに座りなおし、しばらく様子をうかがった。まもなく目が開けられるようになり、立ってもふらつきはなかった。ただ、頭にもやがかかったようになり、違和感を覚えた。

皆で池袋駅まで歩いて帰ったが、妙なことが起こった。いつも先頭を歩くわたしが、皆から遅れ、一緒に歩いていけない。どうしても追いつけず、その理由が分からなかった。

帰りの電車の中でも、腕が痛くて吊り革につかまっていることができなかった。

最寄駅に着いて、朝と同じように、自宅まで歩いて行こうとしたとき、それは起きた。それまで経験したことのない疲労と、両脚の筋肉痛がわたしを襲った。歩くどころか、立っているのも困難だった。まるで雪山で遭難して、もう一歩も進めない状態のようであった。

何とかバス停まで歩いて行き、バスに乗って帰った。

帰宅しても、激しい疲労と筋肉痛で、家の階段を上るのが辛かった。わたしは、筋肉の病気かと思い、その場で腕立て伏せと腹筋を30回してみたが難なくできた。

頭のもやが気になって、そうではないと心の奥底で思いながら、わたしは風邪か何かだろうと高をくくった。

この日を境に、わたしは得体の知れない病気と闘うことになった。
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  1. 2010/08/31(火) 09:29:38|
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読書

うれしいことに最近本を読めるようになってきた。

CFSを発症してからこの20年間、本はほとんど読めずにいた。集中できず、短期記憶で本を読むのは困難だった。読めるのは短いエッセーぐらいなものだった。

10年ぐらい前、あまりに物忘れがひどくて、知能テストを受けて、軽い記憶症と診断された。テストの一つに、文章を読んでそのストーリーを話すというものがあった。自分でびっくりした。ストーリーを話す以前の問題だった。文章をまったく読めなかった。

わたしの一貫した考えはこうだった。歩けないなら歩けるようにする。文章を読めなければ読めるようにする。できないものは努力してできるようにする。

ほどなく新聞のコラムと社説を読むのがわたしの日課となった。

いま、CFSとうまく付き合う方法を書いた本を読んでいる。ここ2年間の寝たきり状態が、私の考えを大きく変えた。今年は発症してから20年目にあたる。もう決して若いとは言えない。体に無理が利くほど若くないのだ。

10年前、私の病気がCFSと分かったとき、「原因不明の病気で対症療法しかない。これからは病気とうまく付き合っていくしかない」と主治医に言われた。わたしは諦(あきら)めきれず、この10年間、自分で治療法を模索してきた。しかし、20年の療養生活はこの疾患を知るのに十分長すぎた。

今度こそ、病気とうまく付き合っていこうと思う。
  1. 2010/08/14(土) 14:15:42|
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