慢性疲労症候群(CFS)との付き合い方

慢性疲労症候群(CFS)のわたしが日常生活を送る上で、その徒然な生活やふと思うことを書き記すブログです。

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今年1年を振り返って

今年1年を振り返って。

今年最もわたしを苦しめたのは、母の入院・手術。

9月のある日、母がかかりつけ医の紹介で、地域の総合病院に行ってきた。遅くに帰ってきた母が、一片の紙を差し出して「これ、あれで調べてくれない!?」と言う。「何?」「これなんて書いてある?」「何?」。紙に「黄斑上膜」と書いてあった。「これがどうしたの?」「いいからパソコンで調べて!」

眼科で検査した結果、両目が「白内障」で、左目に「黄斑上膜」があり、左目は「6カ月以内に手術をしないと目が見えなくなる」と言われたそうだ。ところが本人は、「パニックになって、何が何だか分からない」と言う。母を診た先生が「息子さんに、これをパソコンで調べてもらえば分かる」と紙に書いてもらったそうだ。

わたしは医学事典を紐解いてきちんと分かりやすく説明したが、母に病気を理解してもらうのは無理。医師に手術を勧められたのは間違いないので、手術の仕方と手術時間を説明し、いかに手術が簡単か繰り返し説明した。

「手術したほうがいいわよねえ?」「わたしはしたほうがいいと思うけれど。手術が怖かったらしなくてもいいんだよ」「しなかったら目が見えなくなっちゃんだもねえ! あした先生に手術お願いしに行ってくるわ。ああ、パソコンでちょっと調べて印刷してくれる」

医学事典よりネットの情報をありがたがるのは理解できないが、それで安心するならと、ネットで検索してどっかの病院の図入りの説明を印刷して母に渡した。それにしてもNHKの@チョイスを観ていてよかった。あれ観てなかったら、病気や治療法を説明できなかった。

静かにドアを閉め、力なく階段を降りる母の足音を聞きながら思った。「仕方ないなあ。行くか!」。母一人で病院に行かせるのはかわいそうだし、埒が明かないだろうと考え直して、翌日一緒についていくことにした。母を診た先生が休みだったので、別の先生が対応してくれた。そのほうがかえって良かった。専門的な話ができ、症状の進み具合が分かった。先生も含みを持たせる言い方をし、わたしだけに分かるようにしてくれた。

手術は10月に行われ、無事成功した。母が入院している間、わたしは昼までずーっと眠り、午後に病院へ行った。どんなに疲れていても、母の頼みは断らなかったが、母もわたしが疲れているのを承知しているから、無理な頼み事はしない。それで何とか切り抜けられた。

病院が自宅から遠いのにはちょっと困った。普通の人なら歩いて20分くらいだろうか。わたしは自転車で15分かかる。雨の日はもっと大変だ。バスに乗るため、家からバス停まで5分強歩かなくてはならない。それが、きつかった。入院は6日間だったが、あと2、3日長かったら持たなかったろう。

母が入院している間、自炊しなくてはならなかった。何とかなるだろうと思っていたが、最初の1、2日、準備や手順でてこずった。インスタント味噌汁を買ってきて作ろうとしたが作り方がわからない。「えーっと、あそうか、まず味噌と具をお椀に入れて、それからお湯を沸かして」。少し要領を得て、「目玉焼きを作るには、まずフライパンを温めて、油を足す!」。手順がめちゃくちゃ。まず、お湯を沸かして、椀に味噌と具を入れて、その間に目玉焼きをつくって……、となるべきだ。台所に立つのは20年ぶりだが、これでも調理師免許を持っている。初日は、作るのに30分以上かかったが、3日目には15分になった。

2日雨の日が続いたあと、いつものように面会に行って帰ってくると、雨が降り出した。天気予報では曇り。まいった。雨が続いていたので、買い物に行っていなかった。夕飯を抜かしてもいいが、あしたから食べるものがない。「たぶん行けるんじゃないか?」

そんな軽い気持ちだった。雨の中傘をさして、バス停より遠い最寄りのスーパーまで歩いて買い物に行った。おそらくバス停までの距離の約2倍あるだろう。スーパーまでは何とか行けた。ただし、足はフラフラだ。買い物の最中気づいた。「そうか重たいものを持って帰れない!」。スーパーの出口でもう後悔していた。「果たしてどこまで戻れるか!?」

バス停よりちょっと先までは戻れた。でも疲れて足が一歩も動かない。買い物袋一つ手に持って、そこから一歩も動けない。

あれが最初で最後の徒歩の買い物。もう二度と歩いて行くことはないだろう。歩くくらいなら、食事を抜いたほうがいい。

母が退院してからも、しばらく買い物を引き受けたが、幸いにも雨の日が少なくて助かった。私の体調がよければ、自転車で、駅前のスーパーまで買い物に行っている。もし、雨の日に買い物に行かなければならなくなったら、バスに乗って駅前のスーパーに行くことにする。あの疲労は二度とごめんだ。

今年最も良かったことは、もちろん母の目の手術が成功して、順調に回復していることだが、もう一つ。わたしが朝食を作るようになったことだ。朝食といっても簡単なものだが、それでも15分で、ベーコン・エッグ・トーストを作り、食べている間にコーヒーを淹れている。

あっ、翻訳作業が終わったことを忘れていた。徐々に改訂していくつもりだが、ひとまず終わり。

今年は本当にやることが多くて、ブログを更新できませんでしたが、来年はブログを更新できる1年になることを祈ります。みなさま、良いお年をお過ごしください。
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  1. 2014/12/31(水) 08:18:13|
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立ちくらみ

しゃがんで立つと必ず立ちくらみがするのですが、最近は以前ほど立ちくらみがなくなってきました。

昨年の春、主治医に「血圧計は持ってますか?」と、血圧計を買うように暗に言われたのですが、知らんぷりしていました。ところが、夏に血圧計を買いなさいとはっきり言われました。わたしは高くて買えないと正直に言ったのですが、主治医に「いくらするの?」と言われ、「高いものは1万9,800円」と答えると、「そんなに高いものでなくていい、私なんかこないだ5千いくらで買った。どこのメーカーだか分からないけれど」と返されました。

一応どのくらいするのかは実際に調べておいて、高くて買えないと判断していたのですが、5千円だったら何とかなるかと諦めました。

主治医は「買うなら手首でなく、肘で測るやつ」と、わたしの上腕を指さして、「私のは腕を輪っかに入れるだけ」と言う。わたしは「医学用語では上腕を肘というのか? それとも上腕で測るタイプとは別に肘で測るタイプの血圧計があるのか?」とちんぷんかんぷん。

そうこうしているうちに、「血圧管理手帳」なるものを渡され、「しばらく記録してください」と主治医に言われ、すっかり買う羽目になってしまいました。

とにかく血圧計にどんな種類があるのか、現物を見なくては分からなかったので、帰りに新宿のヨドバシカメラに寄りました。主治医の言うタイプの血圧計は、1万円以上して、店員に薦められた商品は結局1万9,800円。持ち合わせがなかったので、カタログをもらって帰り、ネットで購入しました。

血圧は起床時と就床前に測り、「血圧管理手帳」は数値を記録するだけでなく、グラフも作らなければならないので非常に面倒くさいです。

記録し始めてびっくりしたのは、起床時の上の血圧が80台、就床前が90台。ひどいときは起床時が67。これでは立ちくらみがするはず。しかも、わたしは血圧が高いとされ、血圧を下げる薬を3種類も服用していました。夜中、用を足しに行くとき、なんで立ち上がれないのだろうか不思議に思っていたのですが、これで納得。

数カ月血圧を記録したあと、病院へ行ったところ、主治医はそれまでつけた記録を全く見ず、3日前からの記録をカルテに書き込み、「薬を減らしましょう」と涼しい顔。わたしは「この野郎」と思いながら、「先生、血圧計5千円じゃなく、1万9,800円しましたよ!」と言ったところ、「どこで買ったの。ヨドバシ? あれー、私もヨドバシで買ったんだけれどなー」ととぼけられました。わたしは「やられた!」と思いました。

結局、血圧を下げる効果のある薬をいったんすべてやめ、上の血圧が120台になったところで、血圧を少し下げる薬を処方してもらいました。

今月、別の検査の結果を聞きに病院に行ったところ、主治医は「血圧管理手帳」を1週間分見て、「血圧が100を切るときがあるんだね。立ちくらみがしないかい?」と聞く。一体全体、わたしは血圧を下げる薬を服用する必要があるのだろうか?
  1. 2014/01/26(日) 04:52:26|
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壁が

昨年10月、母がBS番組がよく映らないというので部屋まで見に行った。確かに電波が弱く、画面が飛ぶ。雨の日はほとんど映らないという。

BSアンテナが旧型だったので、新しいBSアンテナに取り替えて、それでもよく見えなかったらブースターを取り付ければいいのだが……。

「あんたやってくれない」と、母に頼まれたが、わたしが電気関係の仕事をしていたのは20年以上も前の話。最近は屋内配線も怪しい。それに、もう体が言うことを聞かない。

来年には裏の畑に建売住宅ができる。それを考えると、アンテナは屋根の上に取り付ける必要がある。

しかし、わたしはもう屋根に上がることさえ不可能。母に、もうできないと言うと、母は「前はやってくれたじゃないの」と言って、少し悲しい顔をした。何とかしてやりたいのだが、どうしようもない。

母に、どんな工事をするのか説明しても一向に分かってもらえない。しまいにはアナログとデジタルと何が違うのかと、極めて説明しにくいことを聞いてくる。らちが明かないので、わたしが工事に立ち会うから大丈夫と言ったところ、任せると言われた。

10月28日、工事日。一日で作業を終わらせるために作業員2人で来てもらった。作業の段階ごとに何をするか一から母に教える。

「これが新しいBSアンテナ。前のより大きいでしょ。これを今から屋根の上に取り付けるから」「これがBSケーブル。今からアンテナとテレビをつなぐから。壁には穴は開けないから大丈夫」

一番大変だったのが、母の部屋にケーブルを引き込む作業。屋根の上のアンテナは北西、母の部屋は南東。家の端から端まで線を延ばさなければならない。しかしその間にはベランダしかない。4人で検討したが、ベランダの下を通すしかなかった。脚立にのって上に手を伸ばさなければならい。これは辛い。若い兄ちゃんだから大丈夫かと思って見ていたが辛そうだった。

作業が終わったのは、すっかり日が暮れてからだった。電圧も強くなって、ブースターは必要なかった。母は、工事代が私の見積もりよりだいぶ安くなったので大喜び。意外と良心的な料金だったのでわたしはびっくり。本当にこの料金でいいの?

次の日。わたしは疲労困憊(こんぱい)で午前中はダウン。14時からいつものように翻訳作業を始めたが、何か変。何かがいつもと違う。3月11日の地震で、リアスピーカを取りつけた壁にひびが入っていたが、そのひびが前より大きくなったような……。

そーっと近づいてみる。陥没! スピーカーの付け根とともに壁が大きくへこんでいた。

昨日のアンテナ工事でこうなったようだ。母を呼んで「どうする?」と聞いてみた。「これは請求できないよ」。わたしも同意見。壁だけでなくわたし自身も大きくへこんだ。
  1. 2012/02/19(日) 07:41:58|
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翻訳

2月半ばに、『英和翻訳の原理・技法』という本を図書館から借りてきて読んだ。

本を読めるようになったのは確かだが、一日に読めるページ数はまだ少なく、読んでは休憩し、休憩しては読んでという状態だった。

何とか最後まで読んで得た結果は「わたしには無理」という一言に尽きた。

読み手にわかりやすくする「補完訳」なるものは、わたしには脚色のように思われ、国語力の乏しいわたしには絶対無理。そもそもわたしは文学者ではないのだからできるはずがない。

また、この本の中で、「一言一句に傾注しろ」というようなことが書かれていたが、単語を一つずつ辞書で調べるのはどうだろうか。普通の辞書に載っていない単語の意味は、ランダムハウスや大英和辞典で調べればよい、ともある。わたしはそれほど暇ではない。

わたしはプロの翻訳家ではないし、またプロになろうとも思ってもいない。しかし、この本の中で翻訳家の核心にふれる一言があった。「誰のために翻訳するのか?」

これにはさすがにガツンと来た。誰のためかはわかっていたが、読み手のことを考えていなかった。早く情報を伝えたい一心でスピードを優先させてしまった。頭の中でトレードオフが崩れ去った。

慌てて自分の翻訳した文章を読んでみた。顔から火が出る思いだった。本当に、穴があったら入りたい。自分で読んでいて意味不明。しかも第1章の最初のセンテンスから誤訳していた。

4月に入ってすぐ再翻訳を開始したが、それも先月終わって、今3回目の翻訳をしている。年内中にはすべて完了する予定である。
  1. 2011/08/07(日) 09:00:00|
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ながら作業をしたい

以前はできていたが、今できないことがたくさんある。その中の一つで、最近もどかしく思っているのが、並行作業ができないことである。

どうしてもできないのが、ラジオや音楽を聴きながらの作業だ。ラジオを聞きながら作業をすると、ラジオを聞くためにはパーソナリティー(今はDJと言わないらしい)の言うことに集中しなければならない。そうすると作業の手が止まる。どんな単純な作業でも、ラジオを聞くためには全集中力をラジオに向けなければならない。

当然、作業のほうが優先されるので、結局ラジオを付けている意味がない。せめてBGMぐらいにはなるだろうと思って付けていたが、全然意味をなさない。

それどころか、頭を使う作業ではかえってラジオは邪魔になる。集中力が途切れてしまうのだ。

音楽を聴きながら作業をするというのも、似たり寄ったりである。クラシックを聴きながら作業をしようとすると、第一楽章の導入部までは覚えているが、気が付くと最終楽章のコーダを聴いている。それだけ作業に集中しているということなのだろうが、どうしても合点が行かない。

中学時代、試験勉強には徹夜がつきもので、「オールナイトニッポン」を聞きながら勉強したものだ。そうして勉強したものが身に付いているとも思えないのだが、少なくともラジオを聞きながら作業をするという「特殊能力」を持っていたことは確かだ。

音楽を聴きながらの作業は、クラシックとポップスが駄目で、フュージョンやジャズならばBGMとして使えることが分かった。ラジオについては、そのうちラジオタイムを新たに設けて時間を限って聞きたい。
  1. 2011/03/20(日) 07:01:23|
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