慢性疲労症候群(CFS)との付き合い方

慢性疲労症候群(CFS)のわたしが日常生活を送る上で、その徒然な生活やふと思うことを書き記すブログです。

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愚痴はストレスがたまる

「お母さん! 先生! 誰でもいいから助けてくれ!」。心の中で叫ぶ。

夕食後、布団に張りついたまま動けず、布団に沈み込む。毎晩毎晩、もういや、というほどひどくて辛い疲労感。くたくたでTVを観る元気もない。寝返りするのも辛い。

正月、松の内が終わってから、夕食後に強い疲労感に襲われるようになった。毎度毎度の疲れなので驚きはしないが、それでも辛い。何か原因があるのだろうと、活動記録を見てみるが思い当たることはない。買い物を週2回まで減らしたが、効果がない。

先日、夕食後に「誰か助けてくれ!」とまた心の中で叫んでいたら、ふと気づいた。「いったいいつから、わたしは心の中で愚痴をこぼすようになったのか」。以前は、弱音を吐くことはなかった。黙って疲労感に耐えた。意志が弱くなった自分の変わりようにびっくりするとともに、それも仕方ないかと、病気の経年を言い訳にした。

さらに、考えた。一体全体愚痴をこぼすのと、何も考えず我慢するのと、どちらがいいのか。どちらもストレスがたまりそうである。というか、もうすでにかなりストレスがたまっいた。以前、疲労感があったときはどうだったか。少なくとも心の中で愚痴をこぼすようなことはなかった。

「いったん良くなったのだから、そのうちまた良くなるだろう」と、何も考えず黙って我慢してみた。そうしたら、いつのまにか眠ってしまった。目が覚めたら、午前0時過ぎ。電灯もTVもつけっ放し。どうせなら、このまま朝まで目が覚めなければよかったのにと思ったが、仕方ない。また眠りなおして、目が覚めたら午前3時半。まだ眠れると思って布団にとどまったが、眠れなかった。

もしかしたら、わたしは自分が思っている以上に疲れがたまっているのではないかと思って、試しに夕食後、そのまま眠ってもいいように支度してみた。疲れているときは天井を見て休むより、横向きに寝て、伸ばした左腕に頭をのせたほうが疲れが取れるようだ。すると、思った通り。夜中に一度も目が覚めることなく、午前6時に目が覚めた。姿勢は眠る前の姿勢そのまま。さらに、朝食を挟んで2時間眠ることができた。

「休んでいればすぐ良くなるだろう」などと考えて中途半端に起きているから、余計なことを考えてしまうのだ。夕食後すぐに横になって黙って休んでいればよかったのである。そうすれば、そのまま朝まで眠ることができる。就寝時刻の夜9時にこだわる必要は全くなかった。わたしの場合、就寝時に血圧を測ることになっていたので、それで夜9時までは起きていなければと考えていた。

考えてみれば、昨年の後半から、自分でもやり過ぎだと思うほど行動してきた。そのまま続くはずがないのだ。いったんやり過ぎても何ともないと、もっとやりたくなる。この繰り返しである。そのことをつい忘れてしまう。

夕食後の疲労感が激減したことは言うまでもないが、それでもここのところ、同じ手順を踏んで眠っている。TVが観られないのは不満が残るが、ストレスはなくなった。わたしの場合、「疲れた! 何とかしてくれ!」と考えるより黙って我慢したほうが良いようだ。7時のニュースもそのうち観られるようになるだろう。
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  1. 2015/02/08(日) 04:07:33|
  2. CFS
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今年1年を振り返って

今年1年を振り返って。

今年最もわたしを苦しめたのは、母の入院・手術。

9月のある日、母がかかりつけ医の紹介で、地域の総合病院に行ってきた。遅くに帰ってきた母が、一片の紙を差し出して「これ、あれで調べてくれない!?」と言う。「何?」「これなんて書いてある?」「何?」。紙に「黄斑上膜」と書いてあった。「これがどうしたの?」「いいからパソコンで調べて!」

眼科で検査した結果、両目が「白内障」で、左目に「黄斑上膜」があり、左目は「6カ月以内に手術をしないと目が見えなくなる」と言われたそうだ。ところが本人は、「パニックになって、何が何だか分からない」と言う。母を診た先生が「息子さんに、これをパソコンで調べてもらえば分かる」と紙に書いてもらったそうだ。

わたしは医学事典を紐解いてきちんと分かりやすく説明したが、母に病気を理解してもらうのは無理。医師に手術を勧められたのは間違いないので、手術の仕方と手術時間を説明し、いかに手術が簡単か繰り返し説明した。

「手術したほうがいいわよねえ?」「わたしはしたほうがいいと思うけれど。手術が怖かったらしなくてもいいんだよ」「しなかったら目が見えなくなっちゃんだもねえ! あした先生に手術お願いしに行ってくるわ。ああ、パソコンでちょっと調べて印刷してくれる」

医学事典よりネットの情報をありがたがるのは理解できないが、それで安心するならと、ネットで検索してどっかの病院の図入りの説明を印刷して母に渡した。それにしてもNHKの@チョイスを観ていてよかった。あれ観てなかったら、病気や治療法を説明できなかった。

静かにドアを閉め、力なく階段を降りる母の足音を聞きながら思った。「仕方ないなあ。行くか!」。母一人で病院に行かせるのはかわいそうだし、埒が明かないだろうと考え直して、翌日一緒についていくことにした。母を診た先生が休みだったので、別の先生が対応してくれた。そのほうがかえって良かった。専門的な話ができ、症状の進み具合が分かった。先生も含みを持たせる言い方をし、わたしだけに分かるようにしてくれた。

手術は10月に行われ、無事成功した。母が入院している間、わたしは昼までずーっと眠り、午後に病院へ行った。どんなに疲れていても、母の頼みは断らなかったが、母もわたしが疲れているのを承知しているから、無理な頼み事はしない。それで何とか切り抜けられた。

病院が自宅から遠いのにはちょっと困った。普通の人なら歩いて20分くらいだろうか。わたしは自転車で15分かかる。雨の日はもっと大変だ。バスに乗るため、家からバス停まで5分強歩かなくてはならない。それが、きつかった。入院は6日間だったが、あと2、3日長かったら持たなかったろう。

母が入院している間、自炊しなくてはならなかった。何とかなるだろうと思っていたが、最初の1、2日、準備や手順でてこずった。インスタント味噌汁を買ってきて作ろうとしたが作り方がわからない。「えーっと、あそうか、まず味噌と具をお椀に入れて、それからお湯を沸かして」。少し要領を得て、「目玉焼きを作るには、まずフライパンを温めて、油を足す!」。手順がめちゃくちゃ。まず、お湯を沸かして、椀に味噌と具を入れて、その間に目玉焼きをつくって……、となるべきだ。台所に立つのは20年ぶりだが、これでも調理師免許を持っている。初日は、作るのに30分以上かかったが、3日目には15分になった。

2日雨の日が続いたあと、いつものように面会に行って帰ってくると、雨が降り出した。天気予報では曇り。まいった。雨が続いていたので、買い物に行っていなかった。夕飯を抜かしてもいいが、あしたから食べるものがない。「たぶん行けるんじゃないか?」

そんな軽い気持ちだった。雨の中傘をさして、バス停より遠い最寄りのスーパーまで歩いて買い物に行った。おそらくバス停までの距離の約2倍あるだろう。スーパーまでは何とか行けた。ただし、足はフラフラだ。買い物の最中気づいた。「そうか重たいものを持って帰れない!」。スーパーの出口でもう後悔していた。「果たしてどこまで戻れるか!?」

バス停よりちょっと先までは戻れた。でも疲れて足が一歩も動かない。買い物袋一つ手に持って、そこから一歩も動けない。

あれが最初で最後の徒歩の買い物。もう二度と歩いて行くことはないだろう。歩くくらいなら、食事を抜いたほうがいい。

母が退院してからも、しばらく買い物を引き受けたが、幸いにも雨の日が少なくて助かった。私の体調がよければ、自転車で、駅前のスーパーまで買い物に行っている。もし、雨の日に買い物に行かなければならなくなったら、バスに乗って駅前のスーパーに行くことにする。あの疲労は二度とごめんだ。

今年最も良かったことは、もちろん母の目の手術が成功して、順調に回復していることだが、もう一つ。わたしが朝食を作るようになったことだ。朝食といっても簡単なものだが、それでも15分で、ベーコン・エッグ・トーストを作り、食べている間にコーヒーを淹れている。

あっ、翻訳作業が終わったことを忘れていた。徐々に改訂していくつもりだが、ひとまず終わり。

今年は本当にやることが多くて、ブログを更新できませんでしたが、来年はブログを更新できる1年になることを祈ります。みなさま、良いお年をお過ごしください。
  1. 2014/12/31(水) 08:18:13|
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物忘れ

15年ほど前、あまりにも物忘れが激しくて、神経内科で知能テストを受けたことがあります。

心配した通り、惨憺(さんたん)たる結果だったのですが、自分でびっくりしたのは文章を読めなかったことでした。

ある時間文章を読んで、その内容を説明するというテストがあったのですが、どういうわけか文章が読めない。文章を目で追っても、全然頭に入ってこない。まるで初めて見る文字を読むようでした。何とか解読できたのは「おじいさん」と「おばあさん」という単語だけでした。

もう物忘れどころではありません。こんな経験は生まれて初めて。この状態が恐ろしくて冷や汗が出ました。どうしたらいいか。決断は早かったです。天声人語を読もう!

さっそく次の日から天声人語を読むことを始めましたが、いくら時間をかけても読めません。どうしたらよいか? とにかく文字を認識しよう! わたしはワープロで一字一字文字をタイプしました。へとへとになるほど時間がかかりましたが、これが良かった。4割ぐらいは書いてあることが分かりました。これで大いに自信がつきました。

2年後には、社説もタイプして、『現代用語の基礎知識』でわからない時事用語を調べるようになり、これが日課になりました。

物忘れもいつの間にかしなくなり、タイプにかかる時間でその日の調子が分かるようになりました。

また、当時は20世紀から21世紀に移る時期で、読んで調べて非常に面白かったのです。そして平易な文章と読みやすい用語。

6年前に症状がぶり返したとき、主治医に相談したところ、「内容が分からなくてもいいから読んでください」と言われました。今は活動できる時間が限られているので、読むだけにしていますが、そのうちまた始めたいと考えています。目指すは読書。もう20年以上読書していません。

物忘れが多い方、読書できない方は、皆さんの購読している新聞のコラムや社説をタイプする、書き写すなどしてはいかがでしょうか。各新聞社のコラムや社説はサイトで無料で読めます。
  1. 2014/02/09(日) 07:00:06|
  2. CFS
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立ちくらみ

しゃがんで立つと必ず立ちくらみがするのですが、最近は以前ほど立ちくらみがなくなってきました。

昨年の春、主治医に「血圧計は持ってますか?」と、血圧計を買うように暗に言われたのですが、知らんぷりしていました。ところが、夏に血圧計を買いなさいとはっきり言われました。わたしは高くて買えないと正直に言ったのですが、主治医に「いくらするの?」と言われ、「高いものは1万9,800円」と答えると、「そんなに高いものでなくていい、私なんかこないだ5千いくらで買った。どこのメーカーだか分からないけれど」と返されました。

一応どのくらいするのかは実際に調べておいて、高くて買えないと判断していたのですが、5千円だったら何とかなるかと諦めました。

主治医は「買うなら手首でなく、肘で測るやつ」と、わたしの上腕を指さして、「私のは腕を輪っかに入れるだけ」と言う。わたしは「医学用語では上腕を肘というのか? それとも上腕で測るタイプとは別に肘で測るタイプの血圧計があるのか?」とちんぷんかんぷん。

そうこうしているうちに、「血圧管理手帳」なるものを渡され、「しばらく記録してください」と主治医に言われ、すっかり買う羽目になってしまいました。

とにかく血圧計にどんな種類があるのか、現物を見なくては分からなかったので、帰りに新宿のヨドバシカメラに寄りました。主治医の言うタイプの血圧計は、1万円以上して、店員に薦められた商品は結局1万9,800円。持ち合わせがなかったので、カタログをもらって帰り、ネットで購入しました。

血圧は起床時と就床前に測り、「血圧管理手帳」は数値を記録するだけでなく、グラフも作らなければならないので非常に面倒くさいです。

記録し始めてびっくりしたのは、起床時の上の血圧が80台、就床前が90台。ひどいときは起床時が67。これでは立ちくらみがするはず。しかも、わたしは血圧が高いとされ、血圧を下げる薬を3種類も服用していました。夜中、用を足しに行くとき、なんで立ち上がれないのだろうか不思議に思っていたのですが、これで納得。

数カ月血圧を記録したあと、病院へ行ったところ、主治医はそれまでつけた記録を全く見ず、3日前からの記録をカルテに書き込み、「薬を減らしましょう」と涼しい顔。わたしは「この野郎」と思いながら、「先生、血圧計5千円じゃなく、1万9,800円しましたよ!」と言ったところ、「どこで買ったの。ヨドバシ? あれー、私もヨドバシで買ったんだけれどなー」ととぼけられました。わたしは「やられた!」と思いました。

結局、血圧を下げる効果のある薬をいったんすべてやめ、上の血圧が120台になったところで、血圧を少し下げる薬を処方してもらいました。

今月、別の検査の結果を聞きに病院に行ったところ、主治医は「血圧管理手帳」を1週間分見て、「血圧が100を切るときがあるんだね。立ちくらみがしないかい?」と聞く。一体全体、わたしは血圧を下げる薬を服用する必要があるのだろうか?
  1. 2014/01/26(日) 04:52:26|
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PC修理が終わりました

ようやくPCの修理が終わりました。日常生活からPCが消えて、約1カ月半。初めは時間を持て余しましたが、読書をして過ごそうかと考えましたが、やってみたら頭に入れることができずに三日で断念しました。

普段頭を使っていないのがいけないと考え、今度は数学の本に挑戦しようと思い立ちました。これが功を奏して、だいぶ思考回路が回復しました。数学の公式を証明するのが面白くて、熱中しました。布団の上に寝転んで公式を覚え、鉛筆でノートに証明過程を書いていきます。これが面白くて、なかなかやめられず、両肘が痛くなるまで続け、夜更かしする日が多くなりました。

夜遅くまで起きていると、興奮して眠れず(試しに血圧を測ってみたら140mmHgを超えていました)、結局次の日の夜まで眠れないでいました。日中に眠ろうとしても眠れず、一番いい方法は、眠たくなるまで起きていることだと分かりました。

ということで、生活のリズムがすっかり乱れてしまっていたのですが、PCが修理から戻ってきて、また翻訳を始めると、今までの不摂生な生活が嘘のように終わり、通常の生活パターンに戻りました。

通常の生活パターンに戻ると同時に、病状も戻りました。どうしても15:00時には作業を終えて、横にならないと具合が悪くなります。どうやらデスクワークがよくないようです。椅子に座っている体勢がだめなのか、ディスプレイを見ている時間が長いのか。ここらへんに改善のキーがありそうです。

月に一回はブログを更新しようと思っているのですが、具合が悪くてなかなか書き込めません。今回、スローライフにすれば、もう少し改善できるのではないかと考えています。あまり計画通りに生活しても、息が詰まってしまいます。
  1. 2014/01/12(日) 06:16:08|
  2. CFS
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